風は いっぺんに十人の女に恋することが出来る 男はとても風にはかなわない 夕方―― やわらかいショールに埋づめた彼女の頬を風がなでていた そして 生垣の路を彼女はつつましく歩いていった そして また 路を曲がると風が何か彼女にささやいた ああ 俺はそこに彼女のにっこり微笑したのを見たのだ 風は 彼女の化粧するまを白粉をこぼしたり 耳に垂れたほつれ毛をくわえたりする 風は 彼女の手袋の織目から美しい手をのぞきこんだりする そして 風は 私の書斎の窓をたたいて笑ったりするのです 尾形 亀之助 作 詩集「色ガラスの街」から 「風」